京都上賀茂神社にて歴史を夢想する

こんにちは、本日もお付き合いいただきありがとうございます。

先日、京都に行ってきました。

日本の古い歴史とつながる上賀茂神社を訪れ、左右非対称になった檜皮葺の屋根をみたり、境内を流れる美しい川の水に触れたりしながら、京都という場所の地理的な位置を実際に感じることができました。

日本人の成り立ちを考えると、Y遺伝子のハプログループから見た男性集団は主に3つに分かれるようです。(日本人のY染色体Hg-1 を独自に解釈)。

1つはアイヌ、チベット、琉球に共通する縄文時代の血を引くD1b系統3割程度。

1つは弥生の血を引き、韓国とも共通するO2b系統3割程度。おそらくは日本語の大部分を形作った祖語の話者。

1つは大和政権成立前後に中国や朝鮮半島からやってきた渡来人たちでO3系統2割弱。

関西アクセントの元になった人々。うりざね顔の貴族たちは、この系統であろうと思われる。騎馬民族。

京都という土地は、北に行くと縄文の主力を作った落葉広葉樹の森に繋がる山が広がり、南にいくと、弥生人たちをはぐくんだ常緑広葉樹の低地が広がります。

西に進めば、大和政権の巨大なライバルとなった出雲の国との境がすぐそこにあり、南に行けば大和政権の中心地へと続いています。

京都が重要であったのは、こうした3度にわたる渡来の波が重なりあう場所であったからではないでしょうか。

昨年訪れた八ヶ岳南麓の小淵沢や諏訪の辺りでは、縄文人の息吹を感じましたが、京都の北の地では稲作農耕民だけのものではない、日本という国の成り立ちを感じて帰ってきました。

日本は関西アクセントの元を作った人々を中枢に置き(騎馬民族・神社)、稲作による穀物を富としながら、まつろわぬ縄文系の人々を征服して、国づくりを進めることになっていきます。