「動物の死は、悲しい?―元旭山動物園 飼育係がつたえる命のはなし (14歳の世渡り術)」あべ 弘士(著)(河出書房新社 2010年8月)

生、仕事、動物、さまざまな要素が詰まった本 

→目次など


「14歳の世渡り術シリーズ」の一冊です。中学生以上向けですが、大人も楽しく読める本でした。さまざまな要素が含まれているお勧めの一冊です。
著者のあべさんは、絵本『あらしのよるに』で絵を担当した人です。

ぼくの描く動物は命が”びかびか”輝いていなくちゃいけない。それはたくさんたくさん、ぼくの心と体を通っていった動物たちの上に成り立っているからだと思う。命の輝いていない動物の絵を描いたら、死んでしまった彼らになんと言われるだろうか。動物たちに笑われるだろう。それが飼育係だった、”ぼくの絵”の役目だと思っている。 – 12ページ

このように語るあべさんの絵がこの本にも当然使われていて、動物と直接向き合ったときの動物の姿を伝えてくれています。

本書には、『ヒトはイヌとハエにきけ』のような部分もあれば、動物と対峙する場面では狩猟民の姿を見ているようにも感じました。夕日を見ているゴリラの姿や、エサとは知らずにウサギを可愛がって世話していた女性の話も印象的です。 死ぬ間際まで普段と変わることのなかった、不注意から死なせてしまった動物たちは、生命の本来のあり方を示しているのかもしれません。

あべさんには2度の転職経験があります。
・受験に失敗する
・おじさんの鉄工所でひときわ叱られながら肉体労働に励む
・絵描きを目指す
・好きな女性ができて職を探す
・少年時代のキリギリスの思い出と本との出会いから自然と関わる仕事を目指し臨時職員として旭山動物園で働く
・25年勤めた末に、絵の道に戻る

なによりも、飼育係として働きながら、旭山動物園の機関誌を作って市民や他の動物園に対して情報を発信したり、後の旭山動物園ブームにつながるさまざまなアイデアを出すという積極性は、『ソムリエ世界一』の田崎真也さんや、『スーパーパティシエ物語』の辻口博啓さんにつながるものがあります。
そして、得た職に拘泥せず、自分の生き方を選ぶあり方は『私の小さな古本屋』の田中美穂さんとの共通性を感じます。

ふれあい動物園でふれあう動物は家畜だけにして、野生動物の赤ちゃんとは触れあえないようにしてある話など、印象的な話題のたくさん詰まった本であり、やさしい文章の本なので多くの人にお勧めできる本だと思います。

内容の紹介

(鉄工所で働くことに違和感を感じ始めたころ)

日本人の画家で好きになったのが、宮本三郎、加山又造かやままたぞう、横山みさお。なかでもぼくが一番好きだったのが、函館出身の画家、田辺三重松たなべみえまつだ。彼が大胆な筆づかいで描きだす北海道の風景画が好きになり、画集を借りて絵を模写したりして勉強した。ぼくの教科書といっていいだろう。いつか彼の描く風景画のように描きたいと、あこがれた。 – 42ページ

(次第にひきずらなくなる動物園の動物の死について)

だけど、そんななかでも死に関して特別な存在の動物がいる。類人猿や、ゾウ、オオカミなどがぼくにはそうだ。ゴリラ、チンパンジー、オランウータンは、人よりも人っぽいところのある動物。人間よりもずっと厳かな振る舞いをしている。”人格者”ではないかとさえ思っている。彼らは非常に精神性の高い動物で、尊厳や人格がある。 – 90ページ

(動物を捕まえる)

動物を捕まえることを習得しないと、飼育係としての誇りもなくなるし、先輩や同僚からも認めてもらえない。素手で捕まえるのは飼育係の気概だ。革手袋をしていると、それで安心してしまって集中力に欠けるし、実はそっちの方がケガにつながる。動物を捕まえるときは”気持ちの高ぶり”が必要なんだ。 – 123ページ