「間引きと水子―子育てのフォークロア」千葉徳爾、大津忠男 (著)(農山漁村文化協会 1983年7月)
「オカエシモウス」と霊界にお返しする都から遠い人々、言葉を残さない都に近い人々
ヤノマミ、ブッシュマン、アボリジニから、動物たち、中世ヨーロッパなど、広くみられる生まれてきた子を育てないという行為。
このように普遍的に見られる背景には、限られた資源の中で、健康な個体が生き残り子孫を残すことでようやく種が維持されていくという生命に課せられた条件があるのではないか?だから、人の知恵によって根絶できることではなく、受け入れていくことに知恵を働かせるしかないのではないか?『ピダハン』を知って以降の読書からこのような問いが私の中に生まれてきました。
たまたま、本書を入手できたので読んでみました。
「間引き」は一つの文化現象であって、単なる嬰児殺害ではなかったとして始まる本書では、前代日本人(15世紀頃から明治初期か)における間引きの実態とこの文化行動の基礎となる本質的な構造と思考の方式が探られています。
終章の冒頭にそれまでのまとめが示されているので引用します。
著者らがこれまでに論じてきたのは、これまで通説のように述べられてきた間引きに関する説明の多くには、疑問があるということであった。間引きは絶無ではないにせよ、常習であったという考え方は疑わしく、主として飢饉の時期とその回復するまでの間に、やむを得ず生計の困難な者が行ったらしいこと、そしてその背景には、子どもの魂の再生という思考法があって、さほどに強い罪の意識が働かなかったらしいことを述べた。また、それを見聞する地域社会の人びとは、一般に子どもの生命をその生育にともなって段階的に承認してゆき、それとともにその子どもを保護し援助を強化してゆく慣行をもつが、出産直後の生命は極めて近い人びとのみの管理下にあるものとして、周囲の他人は関与しないという風習も強かったと認められる。従来説かれてきた近世後期の日本人口の停滞は間引きよりも乳幼児の死亡率の高かったことに、はるかに大きな原因を見出すことができる。一般の民衆はむしろその子女の安全な生存を願って神仏に祈り、時期ごとの通過儀礼を熱心に営んで、その無事な成長を祝った。地域社会の人びともしだいに広い範囲でその儀礼に参加するとともに、ムラの子どもとしてその育成と教育とに支援を惜しまなかったのである。
本書ではこのように結論づけられていますが、61ページに掲載された「中荒井村人口増減表」は、「常習ではない」とは程遠い実態を推測させます。現住人口は100年以上にわたって常に男が女を越えており、データに多くの抜けがある出生の男女比でも、合計で男が女を大きく上回っています(66対51)。かつては女性のほうが寿命が短かったそうですから成人の性比はそのためかもしれませんが、出生数の性比は、女児の間引きを前提としなければ説明しにくいものと思われます。
また、乳幼児の葬法が成人のものと違うことから地域社会による子どもの段階的承認が論じられていますが、乳幼児死亡率の高さや、地域社会に対する負担の程度、さらには親の無念が反映されたものと考えれば説明できるものであり、著者の論法にこじつけを感じます。
このように、本書の議論は、「祖先たちはどうにもならない場合だけ間引きしていたはずだ」という期待に基づいていると推測されます。したがって、私の考えていた普遍性につながる議論はなされておらず、その点では残念でした。
ただ、あまり調査されたことのない内容であるだけに、新しく知ることも多くありました。
・周囲の人びとは間引きの事実を知っていて受け入れていた。
・年季奉公に出ることの多かった当時、婚期を逃す者も多かった。
・五歳に達するまでに死亡する者が一〇〇〇人中三〇〇~五〇〇人あった。
・飢饉でまず死んだのは成人男子だった。
・中條帯刀(なかじょうたてわき)創始の医術によって京都を中心に堕胎薬・手術が広まった。
・新潟県山北町の脇川では男が結婚を許されるのは25歳になってからだった。
・不倫でできた子が対象になることが多かった。
なかでも注目したい点は、間引きを示す言葉の分布です。
・都から遠い山間部では「オカエシスル」という意味の言葉が多く使われています。
・平野部では「マビク」という新しい表現に置き換わっています。
・中部地方と中国地方(都から少しだけ遠い地方)には、ヨモギツミにやった、オツカイにやった、捨吉・梅子と名付けたなど、一度は迎えたことを示す表現になっています。
・都周辺では、そもそも公言されなくなっているが、実態としては行われていることが推測されています。
本書では、間引きの減少に反比例するように、明治期になって都市部から親子心中の増加が見られるようになったことが指摘されています。現在は、児童虐待が問題化しています。これらは何を意味するのでしょうか。
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