「図説 東洋医学<基礎編>」山田光胤、代田文彦 (著) はやし浩司 (企画・構成)(学習研究社 1979年12月)

初学者向けの便利な本を作りたいと企画・構成され、高く評価されて、ロングセラーとなっている東洋医学の解説書

→目次など

■東洋医学とは
東洋医学とは何でしょう。中国を発祥とする伝統医学を指すことが多いようですが、 薬物療法と物理療法とがあり、アーユルベーダなどの南アジア・東南アジアの伝統 医学まで含む場合もあるようです。日本や朝鮮では、中国の伝統医学に基づきなが らまた独自の発展を遂げた部分もあるようです。

このように、範囲のはっきりしない東洋医学ですが、この本では、「漢方」と「東 洋医学」が区別されておらず、主に日本の漢方、鍼灸、整体を含む、中国発祥の医 療を対象としているようです。日本で東洋医学を学ぶ場合、ほぼこの範囲が対象で あると考えればよいのではないでしょうか。

■理解しにくい東洋医学
さて、東洋医学の基礎を知りたいと以前から考えていたのですが、なかなかよい本 が見つかりませんでした。最近になり、ロングセラー本によい本が多いことを実感 する中で、多くの専門家から高く評価され、長く売れ続けているこの本が見つかっ たので読んでみました。

この本の特徴としては、図説とあるように、漫画的な図が多く収録されている点が あります。ざっと見には簡単そうです。しかし、読み始めてみると、東洋医学の世 界を理解することが容易でないことに気付きます。

たとえば、五臓六腑の解説には、「心と小腸とは、経脈を通じて表裏の関係にある。」 と記されています。

「経脈」とは何かを調べると、別のページに「経絡は、経脈(上下に直行する脈) と絡脈(左右に横行する脈)の略称で、主幹と分枝とに分かれ、内部では臓腑に属 し、外部では体表に分布し、全身くまなく網の目のようにいきわたっている。」と あります。

さらに、「漢方の臓腑名は、漢方独自のものであり、西洋医学的な先入観をもって 理解することはできない。」ともあります。

実際、五臓の一つである脾は、「脾(胃、大腸、小腸)は、「倉廩(そうりん)の 官」と呼ばれる。飲食物(水穀)を運化し、その精微な物(精という栄養物)を抽 出して全身に運搬(輸布)する。」とあり、胃と大腸と小腸を合わせたものである かのように説明されています。その一方で、胃や小腸は五臓ではなく六腑に含まれ る臓器として記載されてもいます。

どうやら臓器そのものずばりではなく、一定の機能の範囲をまとめた概念であるよ うです。

■理解しにくい理由
この理解のしにくさは、東洋医学は一種の治療学であり、しかも功利的・実利的な 治療学としての伝統の上に立っていること、東洋医学は内科的治療を得意とし、つ ねに経験を重んじ、個人医学として発展を遂げてきたこと、さらに、中国人および 中国語には総合的な作用、具体的直観によってはたらき、叙述しつつはたらくので あるという特質があるという特徴からきているようです。

長くなりますが「緒言」の「漢方医学と西洋医学」から「まとめ」を引用します。

  漢方は経験医学として発達し、先人達の幾多の経験の積み重ね、貴重な臨床実験 の結果のうえに体をなしているので、その治療における価値は高い。   しかし、その臨床的事実の説明、なぜなおるかの追求はなされていなくても、そ れでよしとしてきたのである。必要がなかったのである。   西洋医学が自然科学にその足がかりを求め、分析を手段に、臨床的に病人をなお すということより、むしろ病気の本態解明のため局所的ともいえる観点から追求し ているのと異なり、漢方は当時(古代中国)の自然哲学にそのよりどころを求め、 自然との調和、順応という形で生命をとらえているがために、現代人には容易に受 け入れられない要素を多く持っている。陰陽・五行という現代人にはなじみの薄い 整理の仕方ではあるが、なじみが薄いからという理由だけから、価値がないと即断 して貴重な臨床的価値の高いものを捨て去ることはない。   なおるという事実はどこまでいっても事実である。

完全に解明されたとは言い難い人体。この体の不調に根本から対処するには、実は このような手法のほうが適切なのかもしれません。

■この本の位置づけ
初心者向けの本が少ないなかで、図解を見るだけである程度東洋医学の原則を理解 できることが意図されています。東洋医学の起源から発展の経緯を紹介し、基礎理 論である陰陽五行の概略、臓腑、営衛気血の解説、さらに診断から治療までを含む 構成となっており、漢方全体の見方、考え方を知るためによさそうです。ただし、 この本だけでは理解しにくい部分も多いと思われ、適宜知識を別途仕入れながら読 む必要があるように感じました。一方で多くの専門家が推奨していることが裏付け るように、知識を得れば得るほど、価値の高さがわかる本であるのかもしれません。

東洋医学は、特に漢方薬や鍼灸などを用いなくとも、体の状態を知り、自然治癒力 を高めて根本から治療するための診断と対処に応用できる、知識の蓄積であるとい うこともできそうであると私は理解しました。

内容の紹介

 

舌診
舌診は漢方の望診の中で最も重要な診断方法である。 舌は本体である舌質とその上にはえているこけのようなもの、すなわち舌苔ぜったいに分けて観察する。 舌質を観察することで、臓気の虚実を識別することができ、舌苔を見ることで胃気の清濁と外邪の性質を識別することができる。 簡単にいえば、舌質と舌苔を観察することで、病気の性質、正気と邪気の消長の状態を知ることができるのである。 – 167ページ

 

切診
切診とは、医師の手で病人のからだの部位をなでたり、触れたりして病状を知る一つの方法であり、脈診と触診がある。漢方では脈診、触診ともに重要である。 – 194ページ

 

標本
●治病は必ず本を求めるが……
“本”と”標”は対応しているもので、中医学では、病症の主次、本末、軽重、緩急をはっきりと区別して、治療方針を立てる法則がある。 病気についていえば、病因は本であり、あらわれた症状は標である。 発病の前後についていうなら、先にかかった病気が本であり、あとの病気が標である。 病気の発生個所については、内が本、外が標とする。
  病気は千差万別ではあるが、一般に標本の範囲を出ないから、標本をはっきりさせることで適切な処置をすることができる。(素問:標本病伝論)
  治療は本から着手しなければならない。 これが原則である。 たとえば、陰虚発熱の病人では発熱が標であり、陰虚が本である。 だから滋陰の方法をとれば、熱をとることができる。 しかし、場合によっては、治標を先にしなければならない症例もある。 “急なればその標を治し、緩なればその本を治す”という臨機応変の法則も存在する。 また、表証が標に属し、裏証が本に属するとはいえ、標と本を同時に併用する場合もある。 おれは標本同治の法則である。 – 236ページ