「マタギ―消えゆく山人の記録」1997/6/1 太田 雄治 (著) 慶友社 単行本

当初1979年発行された、30年にわたる調査・取材をまとめた狩猟民としての山人「マタギ」に関する現場主義的事典


この本は体系立てて編集したり、解釈を加えた性質のものではなく、秋田魁新報社に勤めた著者が長年にわたって収集した資料を写真とともに収録した内容になっています。女性の暮らしや、子弟教育についての記述もなく、男性であるマタギのマタギとしての生活が対象となっています。時期的には、大正2年生まれ、昭和56年没の著者が聞き取ったり、共に行動して得たりした内容となります。秋田県を中心に、岩手県、山形県、新潟県のマタギについても記されています。

「マタギ」という呼称について秋田県では、平野部の人々は山の猟師に対してのみ使い、山の人々は、平野部の猟師に対しても使うそうです。また、アイヌ語などにもマタギという言葉がありますが、和人の言葉から移入された可能性もあります。語源がいくつか紹介された最後に、インドの屠殺業者(女性)を指す蔑称マータンギが紹介されています。マタギの持つ巻物の内容や、『蝦夷の古代史』にあるように東北地方の蝦夷が大和政権に組み入れられていった時期に大和政権が仏教を国教化していたことを考えると案外このあたりが本当なのかもしれません。
 
最も印象的であったのは、マタギは狩猟民なのだということでした。本書においてそのように定義されているわけではないのですが、消化されかけた食べ物の入った内臓(ヨドミ)を食べることや、熊の血や脳みその食べ方、臭い肉を食べる方法など、狩猟民ならではの生活が描かれているのです。また、肝や肉を得るために猿を獲物としていたことや、熊の胆を偽造する方法なども描かれており、猿を積極的に獲っているアマゾンの先住民や、農耕民よりも賢いというアフリカのピグミーなどを思い出しながら読みました。
 
全5章のうち、第二章「マタギとクマ」および第四章「マタギ動物誌」でさまざまな動物について記されています。マタギたちから聞き取った内容であるだけに、子どもの頃読んだ動物物語に登場する、ある程度擬人化された賢い動物たちの様子を思い出させるものがあり、浪漫を感じました。クマは冬眠前に日光で数日にわたって毛を乾かすのだとか、冬眠の直前に松ヤニの多い枝を食べて肛門に栓をするのだといった、真偽のほどはわからないものの、楽しくなるような知識が記録されています。また、時代が下るにつれて減っていった動物たちの様子も知ることができます。この本によれば、ツチノコもかなり目撃されているようです。
 
最終章の第五章は「マタギ事典」としてあり、「山言葉」についてはほとんどすべてを網羅したと「はじめに」に記されています。直径1m、深さ2mのカメを土に埋めてオオカミを獲っていた話などが収録されていて、この部分も貴重な記録になっているのではないでしょうか。