津市贄崎海水浴 津市役所発行

津市贄崎海水浴 津市役所発行
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宛名面
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現在ほとんど使われていないようで、Yahoo知恵袋に質問がありました。

質問

三重県津市の贄崎海水浴場は観光協会の地図ではまだ存在することになっておりますが50年ぶりに戻り転居して8月中毎日泳ぎに行ったら相客に出会ったことはたった一回一人だけでした。

住んでおった頃は堤防下に回転式腰掛ブランコが設置されてビキニ女も来ておったほどので
どういうわけで誰も来ぬようになったか説明してください。

みたところでは砂浜の幅がずいぶん減っており、波打ち際の海底に石が出ており、沖に歩いて行って泳ぐ際に足裏が痛いほどですが客が皆無になったのはそのせいですかね。

浜辺の削れの原因は南の造船所と中部空港行フェリーの港が突き出たせいで海流が変わってえぐられたカナと私は考えますがどうですかねえ。

 
 

回答

贄崎海岸が衰退した理由としては以下のものが挙げられます。

①モータリゼーション化に伴う交通手段の変化

昭和30年代前半までの主な交通手段はバスや電車でしたし、贄崎海岸は旧国鉄津駅や津海岸駅からも近かったため、公共交通機関を利用する海水浴客で賑わっていました。

しかし、昭和36年には津海岸駅を通る近鉄伊勢線が廃止されていますし、自動車を利用する海水浴客が増加したことで、アクセス道路や駐車場施設などが重要となりました。

これらの施設のための敷地に余裕があったのが御殿場海岸で、郊外に位置していたこともあって海水浴場としての需要が高まり、 逆にそれらを確保できなかった贄崎や阿漕海岸は衰退していくことになります。

実際、贄崎海岸は昭和40年代以降は衰退の一途を辿っており、昭和60年には浜茶屋が1軒しかありませんでした。

②水質の悪化

津市でも経済成長に伴う工業化が進みましたが、同時に工業廃水や生活排水などによる水質汚濁が問題となりました。

特に津市北部を流れる志登茂川・安濃川・岩田川の水質が悪化したため、これらの河川の河口に位置する贄崎・中河原・阿漕海岸では赤潮が発生するようになってしまい、海水浴客が離れる要因となりました。

③工事による潮流の変化

以下に挙げる工事によって、津市内の海岸線は大きく変化してしまうことになりました。

・昭和28年台風13号の復旧工事として行われた護岸工事
・昭和42年に開始された伊倉津の大型造船所建設に伴う埋立工事

これらの工事によって御殿場海岸と阿漕海岸の潮流が変化してしまい、北側の阿漕海岸では侵食が進んでしまうことになりましたが、逆に南側の御殿場海岸では砂浜が拡大しています。

ちなみに、贄崎海岸が侵食した最大の原因は、 昭和28年台風13号の護岸工事による潮流変化によるもので、空港アクセス港(なぎさまち)の建設による影響はほとんど受けていません。

在庫の有無については、日本の古本屋にて次を検索ください:津市贄崎海水浴 津市役所発行