(讃岐)源平古戦場屋島登山記念遊覧籠 八島寺スタンプ

(讃岐)源平古戦場屋島登山記念遊覧籠 八島寺スタンプ
(讃岐)源平古戦場屋島登山記念遊覧籠 八島寺スタンプ
八島寺(屋島寺)のスタンプ押されていますが、下の部分の文字は消えかけていて判読できません。
 
宛名面
宛名面
高松岡部製図電話九番
 
屋島寺へは屋島スカイウェイを通って、自動車でも徒歩でも行くことができます。
屋島は高松市の東、標高293メートルの火山台地の半島で、那須与一の扇の的や義経の弓流しなどで有名な源平合戦の古戦場の史蹟で知られる。屋島寺はその南嶺にある。屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられる。鑑真和上は唐の学僧で、朝廷からの要請をうけ5度にわたって出航したが、暴風や難破で失明、天平勝宝5年(753)に苦難のすえ鹿児島に漂着した。翌年、東大寺に船で向かう途次、屋島の沖で山頂から立ちのぼる瑞光を感得され、屋島の北嶺に登った。そこに普賢堂を建てて、持参していた普賢菩薩像を安置し、経典を納めて創建されたという。のち和上の弟子で東大寺戒壇院の恵雲律師が堂塔を建立して精舎を構え、「屋島寺」と称し初代住職になった。
 
「八島」の表記は平家物語に即したものであって寺の正式表記として使われたことはないかもしれません。
 
駕籠についてはいつごろからいつごろまであったのか不明ですが高浜虚子が駕籠に乗って屋島に登ったと記しています。
 
在庫の有無については、日本の古本屋にて次を検索ください:(讃岐)源平古戦場屋島登山記念遊覧籠 八島寺スタンプ