俳人風律木像(大原新次郎氏蔵)

俳人風律木像(大原新次郎氏蔵)
俳人風律木像(大原新次郎氏蔵)
風律は広島の人 木地屋保兵衛という野坡の門に入り俳諧を善くし■(一字判読不能)西の一人と呼ばる 其居を多賀亭という 天明元年没 八十四歳 墓は広島市猫屋町教伝寺に在り 此像高六寸五分許
 
宛名面
宛名面
 
Wikipediaより
多賀庵 風律(たがあん ふうりつ、元禄11年(1698年) – 天明元年4月29日(1781年5月22日))は、江戸時代前期の俳諧師。俳号を風律と号する。
広島塩屋町にて漆器を商っていたが、蕉門十哲の一人とされる志太野坡に入門し、俳諧を学んだ。晩年には、広島城下堺町に多賀庵を結んだ。のちに風律から、六合が多賀庵を譲り受け、多賀庵二世となった。以降多賀庵は蕉門野坡流の中国地方における拠点として存続した。
風律は『小ばなし』を編集したと言われているが現存せず。
 
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