下関名勝 先帝祭女郎道中・平家一門の墓

下関名勝 先帝祭女郎道中・平家一門の墓
下関名勝 先帝祭女郎道中・平家一門の墓
SIMONOSEKIO, IMPRESO.
平家一門ノ墓 TOMBO AL LORDO NANAMOLI.
赤間宮拝殿の左側、昼尚暗い一隅に十四墓の墳墓あり。是は壇之浦合戦に滅亡せる平氏の重なる人々の遺骸を埋めしもので俗に之を「七盛塚」と呼ぶ。墓は自然に青苔深く覆ひ平家の末路又如何に粛條たりしかを偲ばしむ。
 
先帝女郎道中 SENTEI CEREBRIĜI. GEJŜOVOJIRO. 
関の先帝祭として全国的に有名な古式な祭典は例年四月廿四日を中心として三日間開催さる、其内四月廿四日は女郎参拝あり為に市内部部の観衆雑踏物凄く其中を金絲の襦袢姿に八文字を踏み華麗なる大絵巻が展開さる。
 
昭和十二年十月十七日 下関要塞司令図許可済
 
宛名面
宛名面
「カマクラ」と書き込まれています。
 
アルファベットによる併記がありますが、何語で書かれているのかはっきりしません。エスペラントの可能性が高いようです。
 
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