戦前絵葉書

徳島県吉野川市のサイトに鴨島の菊人形展に関する説明があります。

鴨島大菊人形の歴史は古く、1925年(大正14年)筒井製糸が町民の娯楽の為に開催したのが始まりです。それが大変好評で、192

郷土文化(名古屋郷土文化会)

目次

服部菅雄の和歌について……………………….松村博司 1
眞筆本、正法眼藏山水經における表記

絵葉書以外の紙もの

熱田裁断橋は、『尾張名所図会』にもあります。

以下上のリンク先ページから抜粋した内容を記します。

裁断橋は伝馬町の東にあり、精進川に架かる橋で「さんだが橋」ともいわれ、昔裁断所があったこ

戦前絵葉書

瀞峡-田戸発着場-(2012年の投稿)に同じ場所の近年の写真があります。右手のほうの家が減っているようです。川に降りる石段を上った左手にある建物は瀞ホテルという旅館のようです。

田戸 瀞ホ

戦前絵葉書

通信面からみて左上の角に大きく折れがあります。

絵葉書には壇之浦灯台とありますが、該当する灯台の記事はネットに少なく、調べてみると、5423 下関導灯(前灯) が、この灯台を指していること

郷土文化(名古屋郷土文化会)

 

目次

大形石棒の用途について(下)……………………吉田富夫(1)
曼陀羅寺定式について―近世寺法の一例―… ...

書評


民俗学者が探る日本人と獣の関係

→目次など

日本にはさまざまな獣が住んでいました。多くは今も住んでいます。

猪と鹿(害獣)、熊(山の精の化身、狩猟の対象)、狐やムジナ(

書評


哺乳類と鳥類という、ともに体温を維持し、育児を行う種にみられるプランニング能力の収斂進化をさぐる

→目次など

チンパンジーは石のないところで木の実を割るために遠くから石を運んできま

戦前絵葉書

「甚兵衛渡場」を調べますと、大阪市のサイトに「甚兵衛(じんべえ)渡船場」の項目が見つかります。

昔、尻無川の堤は紅葉の名所であった。「摂津名所図会大成」に『大河の支流にして江之子じまの北よ

書評


世界の狩猟採集民を集めた待望の一冊、ついに刊行? 

次第によくなっているのだという喧伝に反して、住みにくくなる一方の社会。その根本原因を邪悪な者たちに求める陰謀論。しかし、批判と指摘に明け暮れ

戦後の絵葉書

昭和30年頃に発行されたと思われる絵葉書です。愛媛県松山市の城山公園の一部と思われます。

松山市のサイトに次のように記されています。

城山公園は、明治7年(1874年)に本丸が

絵葉書以外の紙もの

明治34年12月1日に、中隊長陸軍歩兵大尉から陸軍歩兵一兵卒に出された一日間の褒賞休暇付与状です。

およそ28cmX19.5cm。一部虫食い・シミがあります。

販売

HY19/05/03-

戦前絵葉書

尼ケ淵(尼ケ渕・尼淵・尼渕)は会津若松市の東山温泉にある渕。伝説が残っています。ただし、伝説にある領主と家臣の名前は歴史に残っていますが、年代的に合わないとあります。

尼ヶ渕(東山温泉・会

戦前絵葉書

投入堂で有名な寺にあるこの建物について三徳山三佛寺: 納経堂に記されています。

納経堂(三徳山三佛寺)概要: 三佛寺納経堂は案内板によると「 鎌倉時代の春日造り本殿建築。投入堂と同じく慶雲

書評


動物たちは生と死という大問題を考えたことがある。しかし、死を避ける工夫よりも生を楽しむことに重きをおいている

→目次など

帯には次のように書かれています。

動物も人も死

書評


クマを仕留めたマタギたちは重々しい表情を浮かべた

「マタギ」という言葉は知っていましたが、一般に猟師のことを指すのかなぐらいの認識しかありませんでした。WikiPediaによれば、猟師一般では

未分類


かつて500人を超える人々が住み2つの村があった八丈小島。昭和30~40年代の激変期を迎えて、これまで通りの自給自足的生活を続けることができなくなり、最後まで島に残っていた120名程の島民が集団離

書評


実用性と娯楽性を兼ね備えた西表島長期居住記

→目次など

西表島は、沖縄県で2番目に大きく、八重山列島の中でも石垣島より大きい島ですが、2005年国勢調査による人口は2347人であり

書評


「じーぷ」に乗り、「さはり」を組む「ふらんすじん」や、「たいこ」で話す「どじん」のおとこのこが登場する絵本。 

※ネタバレ注意! ※
5才~小学校初級向きという1962年発行の絵本です