郷土文化 通巻155号(尾張地方の「祈祷所」/沢露川/幕末尾張藩所有の鉄砲/『尾張藩漫筆』など)

目次
尾張平野海岸線の変化について(補稿)……………渡 俊一郎(1)
名古屋市内の古東海道再考……………………..山田寂雀(7)
嶋村兼松家と柏森兼松…………………………瀧 喜義(11)
東海道鳴海宿の本陣…………………………..榊原邦彦(21)
沢露川の人と俳諧一芭蕉最晩年の尾張蕉門ー……….安藤直太朗(27)
尾張地方における「析祷所」について………………木立英世(39)
還暦の屏風………………………………….伊藤正甫(42)
慕末の尾張藩所有の統砲について………………..安田 修(47)
名古屋での徳田秋声と桐生悠々
―「名古屋の小説」覚え書(5)………………….斎藤 亮(58)
「青松葉事件之遺跡」碑復元覚え書………………水谷盛光(64)
きょうの郷土史稿(8)四月(下)…………………..服部鉦太郎(68)
「石川琢木の恋人橘智恵子の出自について」の
訂正について………………………………村瀬正章(87)
(書評)「尾張藩漫筆」を座右に………………….水谷盛光(89)
平成元年度名古屋郷土文化会理事会報告…………..事務局(96)
平成元年発行 96ページ
内容について
「尾張平野海岸線の変化について(補稿)」は本紙151号の補稿です。
「名古屋市内の古東海道再考」は、本紙153号で参照された記事に対する訂正事項が記されています。
「「石川琢木の恋人橘智恵子の出自について」の訂正について」は、本紙43巻第1号(154号)に対する訂正です。
「沢露川の人と俳諧一芭蕉最晩年の尾張蕉門ー」では芭蕉と同じく伊賀出身の蕉門の俳人沢露川についての検討がまとめてあります。項立ては以下の通り。
まえがき
一、露川の出自
二、露川の俳系
三、名古屋移住と渡辺家
四、享保期俳壇の諸相
五、露川の俳行却と撰集
六、支考と露川の抗争
七、露川句に対する諸家の評言
八、露川の論(むすび)
(補記)
露川の居住地
露川の菩提寺と墓所
法名月空庵露川居士
参考文献
「尾張地方における「析祷所」について」では、神社に隣接して建てられた、愛知県下の古い神社の神主宅にある祈祷所または神家と呼ばれる特別の離家について調査されています。
「(書評)「尾張藩漫筆」を座右に」では、名北労働基準協会の機関誌『名北労基』の裏表紙に12年間にわたって連載された中の39話を中心に出版された「初めて活字になった尾張藩側面史」ともいえる『尾張藩漫筆』が紹介されています。成瀬家の「犬山藩への夢」など気になる内容です。
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