「人類史のなかの定住革命(講談社学術文庫)」西田正規(講談社 2007年3月)

人類史の定説とされていた農耕から定住へを覆す定住から農耕へという説を主張

アマゾンのピダハンら狩猟採集生活を送る人々は、厳しい暮らしの中でも明日を心配することなく、幸福に生活しています。この事実を知ってから、狩猟採集生活に着目して読書を続けてきましたが、いくつかの疑問が生まれてきました。

・なぜ、温帯地域には狩猟採集で暮らす人々は残っていないのだろうか
・ブッシュマンはスイカを栽培し、ヤギを飼っているが、狩猟採集民とされているのはどうしてなのだろうか
・縄文時代の人々や伝統的なアイヌ人も定住生活をしていたようだが彼らは狩猟採集民ではないのだろうか

本書はこのような疑問に密接に関連した内容を含んでいました。

・定住化の背景として、安定的に食料を得られない環境における食料の貯蔵や定置式漁具の利用が考えられる。
・人類はまず定住化し、そこで起きた自然との相互作用の中で栽培が始まり、特に条件の悪い地域(安定的に食料を確保できない地域)で栽培が広まっていった。
・人の本来の生活はは定住生活ではなく遊動生活であり、食料を日々調達できる地域では定住化は起きなかった。

どうやら、本来はピグミー、ピダハン、ブッシュマンのように遊動しながら日々の食料を得て暮らしたい人類が、貯蔵や道具の都合から定住化せざるを得なくなり、中でも条件の悪い地域で農耕が盛んになった結果、この逆の順序で農耕生活が本来の人類の暮らしを奪っていったという歴史があるようです。

たとえば、縄文人やアイヌの暮らしは、狩猟採集民の定住化と、連続的に濃度の変化する農耕的要素という図式の中で理解のできる暮らしであり、定住化している一方で、農耕への依存度の低い暮らしであると理解できそうです。
また、ブッシュマンは、日々の食料を一年中得られる環境に暮らしており、遊動生活を送っているという面からも狩猟採集民であると規定できそうです。

『はだかの起原―不適者は生きのびる』では、生物学的な要素を検討したうえで、裸になったことは人類にとってむしろデメリットだったのではないかと考察されていました。

本書では、人類の本来の暮らしは遊動生活であると指摘したうえで、定住化に関して次のように記述されています。

さて、定住者は、家や集落の清掃に気を配り、丈夫な家を建て、ごく限られた行動圏内で活動し、社会的な規則や権威を発達させ、呪術的世界を拡大させるといった傾向を持つことになる。このように考えてくると、従来、ともすれば農耕社会の特質と見なされてきた多くの事柄が、実は農耕社会というよりも、定住社会の特質としてより深く理解できるのである。 – 34ページ

私たちは、定住革命の影響を強く受けた価値観の中で暮らしているのであり、宗教、法律、社会制度などを考えるとき、定住生活が人類の従来からの姿では決してないことを常に意識しなければならないようです。

本書の指摘する、デメリットの多い定住生活を選んでしまった人類。本書は、学術文庫の一冊であり、難しい内容となっていますが、多くの刺激を得ることができます。

内容の紹介

定住生活の出現について、赤沢威は、「人類史の大部分は定住したくともできなかった歴史であり、その間人類は非定住を強いられていたのである」と述べている。 – 61ページ

にもかかわらず、「定住したくてもできなかった」と考える根拠として赤沢は、人類の直立二足歩行、道具使用、育児をあげ、これらはいずれも定住生活においてこそ有効におこなえるのだと言う。 われわれ定住民の引越しや育児の体験をふまえて、移動生活では道具や幼児は邪魔物であたという彼の主張はともかく、一般には、遊動民の素朴な経済システムでは定住することが不可能であるという判断がある。 しかし、それだけを言うのはナンセンスであろう。なぜなら、反対に、定住民の経済システムによって遊動生活のできないこともまた明らかであり、 それを根拠にして、同じように、「この一万年間の人類史は、遊動したくともできなかった歴史であり、その間人類は定住生活を強いられてきた」と言えるからである。 – 62ページ

遊動民のキャンプ移動の持つ機能は、生活のあらゆる側面にかかわっている。遊動生活とは、ゴミ、排泄物、不和、不安、不快、欠乏、病、寄生虫、退屈など悪しきものの一切から逃れ去り、それらの蓄積を防ぐ生活のシステムである。 移動する生活は、運搬能力以上の物を持つことが許されない。わずかな基本的な道具の他は、住居も家具も、さまざまな道具も、移動の時に捨てられ、いわゆる富の蓄積とは無縁である。 掛谷誠は、遊動する「狩猟採集民の社会では、生態・社会・文化のシステム全体が<妬み>を回避するように機能して」おり、「病因論においても呪いは基本的存在せず、あってもきわめてマイナーな位置しか占めない」と述べている。彼らは妬みや恨みすら捨て去るのであろう。 – 66~67ページ

「遊動民」は「非定住民」と同意ですが、定住民優越主義を排するために「遊動民」という言葉が選択されています。

生態人類学的な研究からは、すでにいちおうの結論が出されているかもしれない。アフリカ大陸の狩猟採集民、ブッシュマンやハッザ、ピグミーは、半砂漠、サバンナ、森林に住みながら、いずれもが、野生する植物性食料の採集により多く頼り、狩で得た肉は彼らの食料の三〇パーセント以下を占めるにすぎないことが明らかにされてきた。熱帯での生活は、地域的な環境のちがいにもかかわらず、採集活動に重点を置く狩猟採集民としての共通性が指摘されたのである。
  彼らは、数家族からなる小さなキャンプをつぎつぎに移動させる遊動生活者である。成人男女は平均して一日二~四時間を狩や採集のために使い、それによってキャンプ成員の毎日の食料をまかなっている。不毛の土地に思えるカラハリ砂漠においてさえ、このていどの時間で必要な食料が調達されていたという事実がわれわれ文明人に与えたショックはじつに大きかった。
  彼らは、多くの時間を、おしゃべりや歌、ダンス、昼寝に使うが、たとえばピグミーは、古代エジプトにおいて、すでに歌と踊りの天才として知られていたし、一六ビートにのせたポリフォニーを子どもでさえも自在にあやつる彼らの豊かな音楽性は、芸能山城組の山城祥二をして驚嘆せしめたということである。 – 72~73ページ

先史時代の人類史は、歴史時代の歴史にくらべて、変化の速度がきわめてゆっくりしている。これについて歴史的変化を発展と考える文明人は、先史時代の人類の創造性の欠如を予想しがちである。しかしピグミーは、われわれにもまして、だれもが豊かに音楽やダンスを楽しんでいるし、動物や植物について深い知識をもち、それを利用する技術を身につけている。 採集や狩に出かける彼らは、もてる知識お技術、体力、好奇心、洞察力を駆使するのである。彼らの創造性は、技術革新や支配の策略や歴史的モニュメントをつくることにではなく、狩やダンスやおしゃべりのなかにじゅうぶんに発揮されているのであろう。
  文明以前の生活をそのように考えなければ、高い知的能力をもった人類が先史時代の素朴な生活のなかで生まれてきたことを理解するのは不可能である。われわれからみれば素朴な先史時代の生活こそ、人類の高い知的能力を育てあげたのである。人類は、文明以前も文明以後も、つねに豊かな創造力に富んだ存在なのである。ただ、その向かうところが大きく変化したのである。
  文明以後の歴史が、人口密度の増大や社会・経済体制の拡大に向かう過程であるとすれば、文明以前の歴史は、人類が熱帯から寒帯までの環境に応じたさまざまな生活様式を用意して、地球のすみずみにまで分布を拡大した過程である。 文明以前の人類史を語る枠組みを用意しようとするなら、まずはここに注目すべきであろう。 – 77~78ページ

本書は『一万年前 気候大変動による食糧革命、そして文明誕生へ』と重なる時期を扱っており比較検討してみるとよさそうです。
同様な内容を扱った書籍として『新不平等起原論 狩猟=採集民の民族学』があります。

へそ曲がりな私としては、定住化の影響は余りに大きく、今からでも遊動生活に戻るべきだと考えてしまいます。

われわれはいま、自分の誕生のありさまを語ってくれる歴史を持たず、その歴史を語ることに責任を持つ学問を持たない。先史時代の人類史を考察することが科学的な手続きのおよぶ範囲を越えるというのなら、もとより歴史現象は科学のおよぶ範囲を越えた現象といわざるをえない。 – 227ページ

生命という利己的な存在が、その利己性を制限するには、定住を捨てて遊動生活に戻るべきなのではないか。それを可能にするのは、人類が言語能力を喪失すれほかないのではないか。これが、この本を読んでから4年ほどを経た今の私の考えです。