旅順松樹山砲台掩兵部より二龍山砲台を望む 戦前絵葉書

旅順松樹山砲台掩兵部より二龍山砲台を望む
旅順松樹山砲台掩兵部より二龍山砲台を望む
宛名面
宛名面
日露戦争史に、第3次旅順総攻撃の戦闘チャートがあります。この絵葉書は、次の戦いの後で撮影されたものと思われます。
203高地占領後、当初の計画どおりにロシア海軍第一太平洋艦隊(旅順艦隊)への砲撃が強化され、戦艦ペレスヴェート、戦艦レトウィザン、戦艦ポベーダ、巡洋艦パルラーダなどが次々に沈没、自沈、航行不能などに陥っていきました。 12月22日には、日本海軍連合艦隊から大本営に対し、旅順港内のロシア艦隊が全滅したとの報告がなされています(関連資料7)。一方で、他の要地のロシア軍に対する攻撃も順次進められ、1905年(明治38年)の元旦が明けるころには、東鶏冠山、二龍山、松樹山の砲台の占領が完了しました(関連資料8)。
 
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