洞窟オジさん―荒野の43年 平成最強のホームレス驚愕の全サバイバルを語る 単行本 – 2004/4/1 加村 一馬 (著) 小学館

昭和21年生まれの男性が、13歳から57歳まで、住所不定無職で過ごした43年間の記録。彼は「洞窟オジさん」というよりも「洞窟少年」であり、都会に住めないホームレスであった。

当事者であり、著者として記載されている加村さんは、昭和21年8月生まれ。世界大戦が終わった翌年に生まれ、1960年に親の虐待に耐えかねて家出、高度経済成長期もバブル期も放浪生活を続け、2003年に自動販売機を壊そうとしているところを窃盗未遂で逮捕されて放浪生活は終わりました。2015年にNHKでドラマ化されています。
全体を序章から第十章までに分け、第十章を除いて、それぞれの章に描かれた時期についての情報が各章の終わりに記されているため、どのような社会の中で、加村さんが生きていたのかを振り返る形になります。
少年を追ってきた飼い犬のシロと銅鉱山跡の洞窟で暮らしたのが数年間、その後は洞窟を出ているので、洞窟オジさんではありません。主な内容は、NHKのサイトに記されているので、引用させていただきます。
昭和34年のとある農村。貧しい家で育った少年・加山一馬は、両親からの虐待に耐えかねて家出をし、愛犬のシロとともに山奥の洞窟に隠れ住む。そして、自力でウサギやイノシシを捕る技術を身につけ、たくましく生き延びてゆく。数年後、ある農家の夫婦が、動物の毛皮を身にまとい洞窟に暮らす男を発見する。それは、成長した一馬であった。とまどいながらも人間社会との接点を持ち始めた一馬は、さらに花を商う商人らと出会い、山菜や蘭を売って金を稼ぐことを覚えてゆく。裏切られ一度は自殺を考えたこともあったが、再び生きることを決意。九州から逃げてきたホームレスからは読み書きを学び、50過ぎにして初恋まで経験してしまう。だが、ある日、故障した自販機をこじあけようとした一馬は、警官に逮捕されてしまうのだが…。
ここには、ありませんが、後には、茨城県の小貝川付近で魚を釣って売ることや、網で魚をとろうとする者を監視する監視員として雇われることもしています。一時的には都会でストリップ劇場の住み込みをしたこともありました。
現代社会における山でのサバイバル方法に興味を持って読み始めた本でしたが、読んでみると、むしろ、この当時の社会の温かさを感じました。どこの者ともわからない、垢だらけでボロボロの服をきた加村さんを排除することも、保護することもなく、当たり前に付き合っている様子が、全編を通じてうかがわれます。農作業を手伝って食糧を得ていたこともありました。富士の樹海からヒッチハイクさせてくれたトラック運転手もいました。
加村さんが放浪生活に別れを告げるきっかけは、窃盗未遂でしたが、それまでなら平気だった空腹に耐えられなくなったからだといいます。57歳という年齢がもう放浪生活を難しくしていたのかもしれません。けれど、ジプシーの放浪生活や、カラハリ砂漠のブッシュマンの狩猟生活が難しくなったように、ホームレスとして暮らすことが難しい社会になったことも背景にあったのかもしれません。
NHKのサイトには、加村さんの生き様が、どこか笑えて、どこか温かくて、どこか胸を打つのは、その人生が、人との触れ合いを求める優しさに溢れているからであると記されています。けれど、本当に温かく、優しいのは、社会のほうだったのではないでしょうか。
 
巻末に「サバイバル術」が収録されています。
 
■内容の紹介
おれは山の中を1日にどのくらい歩いていたんだろぅ。2日、3日、歩き続けることもあった。日が昇れば起き、日が落ちれば洞窟や自分で掘ったほら穴に寝る生活が、もう10年以上も続いていた。まだ20代だったと思うが、おれの頭にはすでに白いものが交じり始めていた。
山の中をさまよっていると、農道を見つけることがある。ある日、農道をたどって歩いていくと、そこは一面の牧場だった。牛や馬がいっぱい放し飼いにされていた。横の畑には、緑の葉っぱの先に茶色いひげを生やした野菜が生えていた。 あれは何だろぅ。
じっと見ていると、牧場で作業をしていたオジさんにいきなり声をかけられた。
「何本でも持ってつていいそ」そう言ゎれても、これが何なのかおれにはわからない。
「これ、何ですか?」「とうもろこしだよ。知らねえのかい?」
牧場のオジさんは、それが牛の飼料用のとうもろこしだと言い、皮のむき方も教えてくれた。ここは山梨だった。おれはオジさんにお礼を言い、とうもろこしを5本もらって山に戻った。
そのとき住んでいたのは、やはり山の斜面に掘ったほら穴だった。木の枝を集めて燃やし、教えてもらった通りに皮をむいて、とうもろこしを焼いてみた。でも、まいったよ、これがまずいのなんの。しようゆはもうきらしてたからつけな かったんだけど、そのせいだけじゃないと思う。甘みがまったくないんだ。前に 洞窟でコウモリを食べたときもひどかったけど、それと同じくらいまずかったよ。
  ほら穴を少し下りていくと、農家がたくさんあった。畑を見つけると、たまにオジさんやオバさんに声をかけられる。大根、キャべツ……いろんなものがあった。農家の人に「1個ください」と頼んでみると、断られたことがなかった。勝手に持っていけば泥棒だけど、おれはそんなことはしなかった。頼めばかならず 分けてくれるからだ。みんないい人たちだった。(100-101ページ)
飼料用のトウモロコシは私も食べたことがありますが、本当にまずいものです。しかし、山に住んでいる不審人物に対して、皆優しいことがわかります。