山中鹿之助之真筆 鳥取県鳥取市鹿野城 山中幸盛

2019年8月2日

 

山中鹿之助之真筆
山中鹿之助之真筆
宛名面
宛名面
 
「山中鹿之助」は「山中幸盛」
山中 幸盛(やまなか ゆきもり)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての山陰地方の武将。尼子氏の家臣。通称は鹿介(しかのすけ)[注釈 1]。巷間では山中鹿介の名でよく知られる。幼名は甚次郎[注釈 3](じんじろう)。尼子三傑の1人。優れた武勇の持ち主で「山陰の麒麟児」の異名を取る。
尼子十勇士の筆頭にして、尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦[注釈 4]を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で有名。(Wikipediaより)
この書は、コラム 亀井玆矩と鹿野城に掲載されている、鹿介公から亀井玆矩公に送られた書のようです。
幸盛公直筆といわれる書。山中鹿介幸盛公から亀井玆矩公に贈られたものを、玆矩公が当山に寄進したもので、「はなむけ」と言い伝えられている。
横37cm、縦27cm
「当山」がどこを指すのかは不明です。
 
(コード:19/08/02-1)