鹿児島名勝 漁船憩う磯の静観、遥かに島津公爵邸を望む 鹿児島市仙巌園 磯海水浴場付近

 

鹿児島名勝 漁船憩う磯の静観、貼るかに島津公爵邸を望む
鹿児島名勝 漁船憩う磯の静観、遥かに島津公爵邸を望む
THE QUIET SCENE OF FISHING BOATS, MOORING ON THE BEACH OF ISO AND THE DISTANT VIEW OF PRINCE SHIMAZU VILLA, KAGOSHIMA.
宛名面
宛名面
「島津公爵邸」とあるのを頼りに調べてみると、いくつかある島津氏の別邸のうち、仙巌園であることがわかりました。手前の浜辺は、磯海水浴場あたりのようです。
仙巌園(せんがんえん)は別名を磯庭園(いそていえん)、磯の御殿とも言う薩摩藩・島津家の別邸跡で、素晴らしい庭園などが残っており、国の名勝に指定されています。
なお、2015年には明治日本の産業革命遺産となり、世界文化遺産にも登録が決定しました。
正式名称は仙巌園・附・花倉御仮屋庭園(せんがんえん-つけたり-けくらおかりやていえん)と言います。
江戸時代の1658年(万治元年)に、第19代当主・島津光久が造園を開始しました。
この島津光久は、関ヶ原の戦いで敵中突破を敢行した島津義弘の孫にあたり、もともとこの地には家老・鎌田出雲守の旧宅があったそうです。
仙巌園という名称は、中国江西省にある景勝地「龍虎山仙巌」から取ったと言われています。
なお、その後も歴代藩主が仙巌園の改築を続けたと言います。
桜島を築山にした借景技法でせ、鹿児島湾(錦江湾)を池に見立てた素晴らしい景観と、広大な庭園が特徴の庭園となっています。 
幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部をに、ヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こしました。
2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」では、御前相撲などたくさん撮影されたロケ地にもなっています。
集成館(しゅうせいかん)とは、アジア初の近代洋式工場群で、反射炉、溶鉱炉、洋式造船所も建てたとの事です。
そのため、仙巌園の中には反射炉跡も残されています。
また、鉄製150ポンド砲も設置されています。
1888年(明治21年)からは焼失した鹿児島城に代わって、島津忠義公爵の住まいとなりました。
その後、家督を継いだ島津忠重は東京市に移住させられ、仙巌園は不在となったと言います。
1957年(昭和32年)には島津家に返還され、現在は島津興業が運営・管理しています。
鹿児島は、日本侵略を狙う国際金融資本にとって足がかりとなる場所でもあり、鉄砲を伝えたり、宣教師たちの活動拠点となったり、こうして幕末前から近代工業化のための準備がなされていたようです。そして、そうした活動の成果を示すために世界遺産登録がなされるというお決まりの構図が見えてきます。

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