名古屋市公会堂 愛知県名古屋市

 

名古屋市公会堂
名古屋市公会堂

名古屋市公会堂 鶴舞公園一角にあり大正14年御成婚記念事業として建設され市民集合機関に供す、昭和2年3月15日起工し、鉄筋コンクリート5階立にして高サ88尺4寸奥行221尺5寸間口163尺5寸建坪749坪余あり本市に於ける大建築物として偉観を呈す

宛名面
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名古屋市公会堂の歴史

名古屋市公会堂のある鶴舞公園は、愛知県名古屋市昭和区鶴舞一丁目に位置し、昭和42年の第10回関西府県連合共進会の会場とする新堀川の整備に伴う大量の土砂の処理の為に御器所村周辺の沼地を埋め立て整備された近世フランス式の洋風庭園と日本庭園を合わせた和洋折衷の自然廻遊式公園であり、共進会終了後は動物園や図書館、普選記念檀、名古屋市公会堂が整備されてた歴史があります。

名古屋市公会堂は、名古屋市建築課の設計により昭和天皇(摂政宮)のご成婚を記念して1924年1月(大正13年)に建設が決定し、1927年(昭和2年)4月2日より着工、1930年(昭和5年)9月30日に竣工、1930年10月10日より名古屋市文化振興事業の運営管理で開館した公会堂です。

名古屋市公会堂は、大東亜戦争(第二次世界大戦)中は、防空部隊の高射第二師団司令部として利用され、1945年の終戦後はソビエト連邦とアメリカ合衆国、イギリスのモスクワ三国外相会議の決議により、イギリスとアメリカ合衆国、ソビエト連邦、中華民国、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス、フィリピン、インドの11カ国で構成される極東委員会の下部組織である連合国軍最高司令官総司令部に接収され、1956年まで連合軍兵士専用劇場として使用された歴史があります。

大阪に1918年に建設された中央公会堂や東京に1929年に建設された日比谷公会堂と並び昭和初期の近代建築の代表的な建築物の一つとされる名古屋市公会堂は、大東亜戦争の戦災を乗り越えた残っている歴史的建造物であり、都市景観形成上重要な役割を担っている事から名古屋市都市景観重要建築物に指定され、現在は共立と名古屋共立とサンエイによるKNS共同体により管理運営されています。

公会堂のある鶴舞公園を象徴する様に、正面入口両脇の塔屋上部に鶴の羽根が浮彫りにされています。名古屋市公会堂の正面にある鶴舞噴水塔は、日本銀行本店や国技館などの設計で知られる辰野金吾の教え子である鈴木禎次の設計で関西府県連合共進会開催を記念して奏楽堂と共に明治42年に建造されたドリス式の柱の周りに岩組の池を配した大理石が美しく、地下鉄工事の為に一時解体されましたが、昭和52年に復元され鶴舞公園のシンボルとなっています。

第10回関西府県連合共進会は1910年、明治43年に開催されているので「昭和42年」は「明治43年」の誤りのようです。

名古屋市公会堂を中心に、公会堂の歴史なども含めた記事が公会堂歴史小話(随時更新)にあります。公会堂が完成したときは、絵葉書に「名古屋城」「熱田神宮」「公会堂」の3か所が必ず収められるほど、名古屋を象徴する建物として受け止められたそうです。

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