世界探検家 菅野力男 第一回 海外踏破實況 11枚+優待券2枚+タトウ

 

タトウ
タトウ
優待券とタトウ裏面
優待券とタトウ裏面

優待券は両面印刷の同じものが2枚入っています。

ベルヂスタン・ヤシ林・インド・シンガポール
ベルヂスタン・ヤシ林・インド・シンガポール
上左:母国ヲ距ル一万哩ノ地点、日章旗ヲ捧グル「ベルヂスタン」ノ民、駱駝背上ノ世界探検家菅野力夫
上右:鬱蒼タル椰子ノ大森林ヲ単身跋渉中ノ菅野力夫
下左:此処印度大陸小山ノ如キ巨象背上ニ跨ル世界探検家 菅野力夫
下右:「シンガポール」郊外旅人木ノ葉陰ニ休息セル菅野力夫
青島・黒竜江・マレーシア・南洋
青島・黒竜江・マレーシア・南洋
上左:寒威零下実に四十八度!!!氷風凛々骨ヲ刺ス黒竜江上単身結氷ヲ蹴ッテ北進ス 世界探検家菅野力夫 漆黒ノ鬚髯ハ氷化シテ銀髯ノ如シ
上右:青島占領記念碑前ニ於ケル菅野力夫
下左:炎熱燃ユル南洋赤道直下土人ノ案内ニテ跋渉中ナル世界探検家菅野力夫
下右:馬来半島「ジョホール」州日本人経営護謨園視察中ノ菅野力夫
宛名面
宛名面
漢口ドイツ租界・外蒙古・マレー半島・スマトラ島

漢口ドイツ租界・外蒙古・マレー半島・スマトラ島
左上:中支那漢口独逸租界ニ立テル菅野力夫 濁波滔々タル揚子江 江ヲ隔テヽ遥カニ武昌
左下:白雪皚々タル外蒙古・橇ヲ駈ッテ国境ヲ突破セントスル世界探検家菅野力夫
右上:馬来半島「セランゴール」州ノ土人村ニ於ケル世界探検家菅野力夫 風俗変レド人情ニ差異ナシ
右下:「スマトラ」島「アチン」ノ蛮境・鰐棲ム河ヲ丸木舟ニ乗リ探検中ノ菅野力夫
北京・コサック兵・蒙古・大連大和ホテル
北京・コサック兵・蒙古・大連大和ホテル
左上:北京城外驢馬曳ク支那少年背上ニ跨ル 菅野力夫
左下:武装セル「コサツク」兵ト中央ニ立テル世界探検家菅野力夫 此処東清鉄道富吉拉爾吉鉄橋付近故沖、横川両志士空シク大望ヲ水泡ニ帰セルノ地 (菅野ノ右ハ三重県人上田伝八君)
右上:蒙古服ヲ装ヘル世界探検家菅野力夫ト駱駝曳ク蒙古人
右下:満鉄経営大連大和ホテル前・大島陸軍大将閣下銅像 菅野力夫ト其ノ愛輪
宛名面
宛名面
菅野力男
菅野力男

世界探検家菅野力夫 本部日本力行会

芳墨1
芳墨1
世界探検家菅野力夫過去第一第二ノ両回及今ヤ第三回ノ征途ニ上ルニ際シ天下数百ノ名士ヨリ贈ラレタル芳墨中ノ一部ナリ
陸軍大将 男爵 福島安正閣下
故海軍大将 男爵 上村彦之亟閣下
犬養毅先生
海軍中将 八代六郎閣下
前農商務大臣 河野廣中閣下
前逓信大臣 箕浦勝人閣下
陸軍中将 明石元二郎閣下
芳墨2
芳墨2
陸軍大将 男爵 中村覺閣下
頭山満先生
子爵三浦悟楼閣下 侯爵鍋島直大閣下 子爵曾我祐準閣下 伯爵松平直亮閣下 伯爵樺山資紀閣下
陸軍大将 男爵 神尾光臣閣下
宛名面
宛名面

明治時代の日本人探検家

「世界探検家菅野力夫の謎」という2001年の記事があります。ただし、次のように結ばれています。

絵はがきを自己喧伝のメディアと看破した点において明治・大正史に燦然と輝いている、と言いたいところなのだが、実のところ、絵はがき以外に彼についての手がかりを掴みそこねている。広く諸氏の情報を掲示板でお待ちするゆえんである。

2008年に写真家の若林純が探検旅行の資料、写真約5700枚や絵葉書、講演会の記録など総計一万点以上を発見し、2010年に同氏によって『謎の探検家 菅野力夫』が著されています(読み物ではなく資料としての位置づけとのこと)。

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ヤフオク出品中:商品名:HY19/06/24-2