日清戦争写真絵葉書 5枚 鴨緑江ノ砲戦 九連城ノ戦利品 大同江流氷中ノ我艦船 南山 靉河(愛河)

 

靉河
靉河

靉河宛名面
靉河宛名面

エンボス加工になっています。描かれた日清戦争に次のようにあります。

鴨緑江の支流です。清国側を流れ九連城附近で鴨緑江にそそぐため、日清戦争では、鴨緑江を渡河し清国領内に入った日本軍とこれを迎え撃った清国軍との間で、この河の沿岸で激しい戦闘が起きました。

鴨緑江ノ砲戦
鴨緑江ノ砲戦

鴨緑江については、次のようにあります。

朝鮮半島の付け根にある白頭山(長白山)を発し、東西に流れて黄海にそそぐ大河で、清国と朝鮮の国境となっています(現在は中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国の国境です)。日清戦争では、朝鮮半島を北上した日本陸軍の部隊がこの河を渡り、清国内に攻め入りました。これによって、主戦場は清国国内へと移動していきました。

南山ノ攻撃・占領後の南山
南山ノ攻撃・占領後の南山

南山は日露戦争の激戦地の一つですが、日清戦争でも清軍との戦闘がありました。金州 南山戦跡 - 乃木希典の漢詩「金州城下作」が生まれた場所に次のようにあります。

大連金州の南山といえば、日露戦争の激戦のひとつ「南山の戦い」が行われた場所です。
1904年5月のことです。

南山は、旅順要塞の北方の外線に当たります。

日本の陸軍と海軍は、旅順要塞を攻略する前に、遼東半島で最もくびれているこの大連湾付近を占領してしまえば、半島の先端にある旅順は捨てておいても孤立して無力化してしまうと考えました。

日本軍は、その10年前に行われた日清戦争でもこの地で清軍と戦って半日で占領に成功しています。

今度も1日あれば簡単に攻略できると思っていた日本陸軍第二軍は、敵情に対する無知から砲火のシャワーを浴び、思わぬ屍山血河の惨状を招くことになります。
ロシア軍は近代的で強固な陣地を固め、未知の兵器・機関銃で構えていたのです。
結局、日本軍は約4,300人もの死傷者を出した後、ようやくロシア軍が旅順に退却して攻略に成功します。薄氷の勝利でした。

南山の頂上には、かつて日露戦争の勝利を記念した石碑が建っていたそうです。

九連城ノ戦利品
九連城ノ戦利品

九連城については、描かれた日清戦争に次のようにあります。

鴨緑江を河口から35kmほど遡った西岸(清国側)に位置する都市です。日清戦争では、清国軍が鴨緑江を渡河した日本軍を迎え撃つための拠点となりましたが、日本軍が包囲して攻撃を行うと、清国軍は退きました。なお、後の日露戦争(明治37年(1904年)-明治38年(1905年))の際にもこの九連城では日露間の激しい戦闘が行われています。


大同江流氷中ノ我艦船
大同江流氷中ノ我艦船

大同江については、次のようにあります。

朝鮮半島北西部を流れ黄海にそそぐ大河で、下流の河畔には平壌が位置します。ジェネラル・シャーマン号事件(1866年)の際には、アメリカの武装商船ジェネラル・シャーマン号がこの大同江を遡って平壌附近の羊角島に停泊し、朝鮮に対し通商を求めたことから事件が起きました。

朝鮮には、大同江は、世界五大文明の1つ大同江文明の発祥地であるとする説があるそうです。

宛名面
宛名面(靉河を除く)

販売

ヤフオク出品中:商品名:HY19/05/26-1