The lobby in the main floor, Fuji-View Hotel 富士ビューホテル ロビー 山梨県河口湖町

 

富士ビューホテル ロビー
富士ビューホテル ロビー
宛名面


宛名面

じゃらんサイトに、次のように説明されています。

1936年(昭和11年)、富士山を間近に仰ぐ河口湖畔に富士ビューホテルは創設されました。
河口湖畔の勝山村(当時)には、煙草包装紙の粉本になったという有名な敷島の松があります。この地を開発したいという地元の人々の思いから、外国人観光客と関係が深い富士屋ホテルに県営ホテルの経営を委託し、山梨初の洋風ホテルが誕生しました。
富士五湖は日本人よりも外国人に紹介されることが多く、岳麓各地を目指して、毎年多くの外国人が案内人とともに訪れました。当時は交通の便も悪かった為、山梨に来る際には箱根・宮ノ下で準備を整えてから来たともいわれ、富士屋ホテルの利用者も多く見受けられました。

外国人観光客が多いこととから、外国人の利用を想定して富士屋ホテルに経営を委託してできたホテルであるため、この絵葉書も英語でのみタイトルが記入されているようです。

富士屋ホテルチェーンのホテルヒストリーから、富士ビューホテルの歴史を拾うことができます。

1936(S11)富士ビューホテル竣工
昭和15年の東京オリンピックを意識して建てた山梨で最初の洋風ホテル。
屋根の上には2つの展望塔が設けられており、独特の外観はリニューアルされた現在でも継承されている。

 

1945(S20)終戦を受けて連合国軍に接収され、一般営業を停止。富士ビューホテル、仙石ゴルフクラブハウスも相次いで米軍接収となる

1952(S27)2月に仙石ゴルフクラブハウスの接収解除。6月末に富士屋ホテル、富士ビューホテルも接収解除となるが、米軍との自由契約により施設貸与継続

1958(S33)富士ビューホテル、米軍貸与契約解除。(接収解除は昭和27年6月末日)3月20日より一般営業再開

1978(S53)ジョン・レノン一家が富士屋ホテル及び富士ビューホテルにご来館

1985(S60)富士ビューホテル、新規開業オープン

富士屋ホテルの創業者山口仙之助は、嘉永4年5月5日(1851年6月4日)生まれ。17歳で明治維新を迎え、明治4年に渡米(岩倉具視らと同じ船)、帰国後一時慶應義塾に学び、福沢諭吉の影響で学問よりも実業をと、箱根の老舗旅館藤屋を買い取り、外国人専用ホテルを開業したという人物のようです。

販売

ヤフオク出品中:商品名:HY19/05/23-1