「イノシシと人間―共に生きる」高橋春成(編集)(古今書院 2001年12月)

食害を通じて知るイノシシと人間の近さ 

→目次など


人類はどのような生きものなのでしょうか。

大型の動物であって、草食動物でも肉食動物でもなく、甘いものが好きで、知恵と知識を使い、手を使い、集団行動をします。狩りをすることもあれば、イモ類を食べることもあります。

このような人類に近い動物として、クマ、オオカミ、大型類人猿、ゾウ、イノシシなどが考えられます。 なかでもイノシシは、人類と他の霊長類を分ける契機となったとも考えられているイモ類をよく食べるという点で、人との共通性を感じる動物です。

以上のような興味から本書を読んでみました。

この本は、多くの研究者が分担したそれぞれの章をまとめた形になっています。そのため全体としてのまとまりが比較的薄く、重複した内容が記述されていることもあります。 ただし、「共に生きる」という副題が示すように、田畑の作物を荒らすイノシシと人類との関わりに着目した内容になっており、このテーマに沿って読むには適した本であるといえます。

私は、先にも述べたようにかなり特殊な読み方をしたのですが、本書を読むことで、イノシシと人との食性の近さを強く感じることになりました。 なるほど、食べ物の好みの近いイノシシが、人間の作る食味がよくやわらかい農作物を狙うのは当然なのだと、本書によって再確認した次第です。

ちなみに、イノシシは水が好きな動物であり、本来は昼行性だそうです。このあたりも人間に似ています。また、子育て時には、屋根付きの巣を作るそうです。

本書を読んだ後、食性の似たイノシシを田畑から遠ざけようとする代わりに、農耕などやめてしまって自然の恵みをイノシシと人間が分け合い、 ときにはイノシシを狩猟して肉とする、そんな暮らしは成り立たないものかと、夢想しています。

内容の紹介

イノシシの歯は門歯、犬歯、小臼歯、大臼歯からなる(写真7.2)。 下顎の前歯である門歯の列びはシャベル状であることから、大泰司(一九九三)は地面の掘り起こしに役立つしている。 しかし、筆者の観察では歯で土を掘ることはめずらしく、土掘りの道具はおもに独特の突出した鼻先であった。 犬歯は雌雄にあるが、大きな牙に発達するのは雄で、雌は外から見えないほど小さい。 小臼歯の先はやや鋭くなっていて、肉食や骨のかみ砕きに適している。 また、大臼歯の頭は丘状になってかみ砕き機能が強くなっている。 イノシシの歯は全般的に植物食に適応しているが、雑食的な要素が臼歯に見られる(大泰司、一九九三)。
胃は人に似て単純で、ウシやシカのような反芻のための複雑な胃を持たない。(中略) 反芻しないイノシシh食べ物として繊維質の少ない消化のよいものが必要となる。
雑食性で何でも食べるが、その中味はほとんどが新葉・地下茎や根、または地上に落ちたドングリなどの植物質である。(後略)  – 203-204ページ

 

「イノシシ」は昼行性である」と言えば、首をかしげる人も多い。 しかし、人間を警戒する必要のない所では、イノシシは昼間に活動している。(中略) 日の出・日の入り時刻との関連を見ると、活動開始は日の出と、活動終了は日の入りと対応している。 また、後者の方がより強く結びついていることから、イノシシは活動の終了を日の入りと関連させて一日のリズムをとっていることが想像できる。 活動の開始は日の出から数時間後になることから、イノシシはずいぶんと朝寝坊である。 ただ、四~六月に見られる活動の遅れと終了の早まりは、出産に伴う制限である。
一日の活動では休息が最も長く、全体の約三分の二を占めた(図7・2)。 残しの活動時間では、そのほとんど(九六%)が摂食活動とそれに伴う移動行動にあてられていた。 社会的行動は活動時間のわずか二%を占めるにしぎなかった。 観察される社会的行動の多くは、授乳行動とグルーミング行動であった。 – 208-209ページ

 

体の小さいイノシシの子どもは、体重に比べて体の表面積の割合が大きく、体温が奪われやすい。 このため、母親はや屋根のある巣を作り、雨・風から子どもを守る(写真7・6)。 巣作りは地面を浅く掘ることから始まる。 掘ると言っても長く伸びた鼻をうまく使ってブルドーザーのように土を押しのける。 体の大きさに合わせて地面が掘られ、その上に下草が敷かれる。 草は保温のため、あるいは寝心地をよくするために小さく噛み砕かれ、なかにはまるで手で揉んだ様に繊維がしわだったものもある。 適当な草がない場合には落葉がかき込まれる。 屋根はイネ科の草本や木の枝で作られる。 ススキやササが使われる場合には、らせん状に積まれるため、屋根の上に落ちた雨は外の方に流れ出る。 うまくしたものだ。 また、下に落ちた雨は、寝床の周りが少し盛り上がっているため、なかに入り込むこともない。 このような巣は外敵から子どもを隠すのにも役立つ。 有蹄類のなかでイノシシの仲間が例外的に巣を作るのは子どもの保護とも関連している。 – 216-217ページ

 

日本昔話集成(関編、一九五三、一九五五)に収録されている五二五話のなかで、イノシシは三話にしか登場しない(中村、一九九〇)。 これは、一〇〇話以上に登場するタヌキ、キツネ、サルに比べて対象的である。 昔話のなかのイノシシは「益なきわざして死ぬる奴かな」と愚鈍のイメージで語られるなど、決して日本人に愛されてきた動物とは言えない。 – 258ページ