醍醐寺 10枚

醍醐寺五重塔
醍醐寺五重塔
醍醐寺三寶院殿舎及庭園
醍醐寺三寶院殿舎及庭園
醍醐寺 山門
醍醐寺 山門
醍醐寺金堂
醍醐寺金堂
醍醐寺三寶院奥寝殿上段の間
醍醐寺三寶院奥寝殿上段の間
醍醐寺三寶院茶室松月亭
醍醐寺三寶院茶室松月亭
醍醐寺三寶院勅使門
醍醐寺三寶院勅使門
醍醐寺三寶院庭園
醍醐寺三寶院庭園
醍醐天皇御諱記念建立傳法院全景1
醍醐天皇御諱記念建立傳法院全景1
醍醐天皇御諱記念建立傳法院全景2
醍醐天皇御諱記念建立傳法院全景2

「弁天堂」の誤りと思われます。

宛名面の状態
宛名面の状態

醍醐寺のサイトに、次のように記されています。

一千有余年の歴史を持つ醍醐寺は、木の文化・紙の文化の伝承の宝庫です。開山以来、僧侶、天皇、貴族、武家、民衆など、多くの人々の祈りの中にその歴史を育み、文化を伝承してきました。仏像、文書、絵画をはじめとする、古代、中世以来の貴重な寺宝は約15万点にも及びます。現在、建造物や諸堂に祀られている諸仏、諸尊以外の寺宝のほとんどは、総床面積千百坪の「霊宝館」に収められており、その一部を順次公開しています。

これらの膨大な寺宝は開山以来、歴代座主や無数の僧侶達の不断の活動と、多くの方々の祈りの中に尊重され、守り続けられてきました。明治維新期には、いわゆる「廃仏毀釈」により、京都・奈良を中心とする多くの寺院は、財源を求め、仏像や什物の譲渡を余儀なくされました。特に海外への流出が盛んに行われたのもこの時期です。醍醐寺も大きな試練に立たされましたが、醍醐寺は、一山に伝わる一切の宝物を一紙に至るまで流出させないことを旨として、困難な時期を乗り越えることができました

明治38年(1905)からは、寺独自の努力で、文化財の調査・目録作成が始まりました。この努力は、年を追うごとに学術資料としての重要性を高く評価されるに至り、今日の「醍醐寺文化財研究所」の設立基盤、文化財管理の基礎となりました。さらに現在では、伝承される仏像、文書、工芸、建造物などすべての文化財について、データベース化を基に「醍醐寺文化財総合管理システム」の構築、併せ、文化財の調査をまとめて「醍醐寺叢書」を順次発刊するなど、文化財の積極的管理に努力しています。

こうしたことから世界遺産に指定されたのかもしれません。

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ヤフオク出品中:商品名:HY19/05/09-1