堀之内競技場より天守閣を望む 四国松山・道後温泉 堀之内競技場 男性裸像

堀之内競技場より天守閣を望む 四国松山・道後温泉
堀之内競技場より天守閣を望む 四国松山・道後温泉
宛名面
宛名面

昭和30年頃に発行されたと思われる絵葉書です。愛媛県松山市の城山公園の一部と思われます。

松山市のサイトに次のように記されています。

城山公園は、明治7年(1874年)に本丸が「松山公園」として開設されましたが、明治19年(1886年)に廃止されました。
 明治43年(1910年)に再開されるとともに、新たに県庁裏と古町から登れる道が造られました。
 昭和23年(1948年)に都市計画公園緑地「城山公園」として告示され、堀之内には野球場・庭球場・ラグビー場・弓道場・県民館・陸上競技場が整備され、昭和31年(1956年)に都市公園になりました。公園のほとんどは、昭和27年(1952年)に国の史跡に指定されています。
 なお、この公園の一部は、財務省(四国財務局松山財務事務所)から土地を無償で借り受けて設置しています。

この銅像については、おそらく同じく松山市サイトのこのページ(わがまちメール)に記されている銅像と思われます。

お問い合わせの裸像は、昭和28年に開催された第八回国体を記念して建てられたもので、当時の新聞記事には、「松山市堀之内のスポーツセンターにこのほど国体記念青年像が建った。県国体事務局では十二日午後二時から除幕式を挙げる。これは第八回国体を機会に各種の競技施設も完備したので、健康とスポーツ振興のシンボルとして記念像の建立を計画、八幡浜市の塩崎宇宙氏に制作を依頼していたのが完成したもの」という記述があります。また、記念像の3枚の銘板には、『1953第8回国体記念像 出発を前に』、『制作 塩崎宇宙』、『昭和二十八年十月建設 愛媛県高等学校体育連盟 愛媛県』などの記載がありました。 
 記念像の移動先についてですが、平成21年に松山市が実施した城山公園堀之内地区の第一期整備事業に伴い、愛媛県に返還され、愛媛県総合運動公園の倉庫に一時保管されていましたが、本年開催された「愛顔つなぐえひめ国体・えひめ大会」の会場整備に伴い、同公園の陸上競技場裏に復元され公開されておりますので、詳しくは同公園管理事務所(TEL 089-963-3211)にお問合せください。 

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