わが攻撃機敵の主力艦を爆撃 少年倶楽部付録 鈴木御水画

わが攻撃機敵の主力艦を爆撃 少年倶楽部付録 鈴木御水画
わが攻撃機敵の主力艦を爆撃 少年倶楽部付録 鈴木御水画

 

宛名面
宛名面

この絵葉書に描かれている攻撃機は、1 海軍攻撃機の思想と誕生、中でも「3 日本海軍雷撃機のルーツ」で説明されている雷撃機に該当するようです。

日本は、大正十年(一九二一年)海軍臨時技術講習部(のちの霞ヶ浦航空隊の前身)を設けイギリスからセンピル大佐を団長とする航空教官団を迎えて最新の海軍航空技術の指導を受けました。これにより、日本海軍航空は、イギリス海軍航空技術とその用兵思想、教育機材として輸入された各種の飛行機の深く強い影響を受けることになりました。

この絵葉書の飛行機は、水上機ではなくソッピーズT1、のちの「クックー」と同じく、軽爆撃機級の大きさと馬力を持つ機体を単座とし、防御用の機銃などを廃して、これによって浮いた重量を、魚雷搭載と離着陸性能向上に当てようというものでした。イギリス航空教育団は、このような思想による二機を教材として日本に持参し、雷撃技術を教えました。

この種の飛行機は世界でも使用できる国が限定されているため、イギリス海軍がもてあましている余剰機を、これ幸いと日本に売りつけたのかもしれない。

また、航空教官団の来日に先だって、三菱内燃機製造(のちの三菱重工)がイギリスのソッピーズ社からスミス技師以下九人のスタッフを招き、三年間にわたって技術指導を受けました。スミス技師は、単座戦闘機、複座偵察機、単座雷撃機の三機種を設計、大正十年から十一年にかけて、相次いで完成し、一〇式艦式戦闘機、同艦上偵察機、同艦上雷撃機として、それぞれ日本海軍最初の制式機として採用されました。

こうした経緯は、戦争は武器商人たちの手によって作られることを知ってみれば、第二次世界大戦の準備が着々と進められていたとみることもできそうであると私は考えます。

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