軍港と要港のスタンプ 少年倶楽部附属 横須賀/呉/佐世保/大湊/舞鶴/鎮海/馬公/旅順

2019年3月28日

軍港と要港のスタンプ 少年倶楽部附属
軍港と要港のスタンプ 少年倶楽部附属
宛名面
宛名面

昭和6年から10年の日付を入れたスタンプの絵葉書です。

横須賀軍港 神奈川県横須賀市 昭和6年8月10日
呉軍港 広島県呉市 昭和7年1月20日
佐世保軍港 長崎県佐世保市 昭和7年4月26日
大湊要港 青森県大湊町 昭和10年10月21日
舞鶴要港 京都府新舞鶴町 昭和8年8月18日
鎮海要港 朝鮮鎮海 昭和7年7月10日
馬公要港 台湾澎湖島 昭和7年5月6日
旅順要港 関東州旅順市 昭和6年4月1日

私が調べた限り、日付に意味はないようです。何かお気づきであれば、コメントで教えていただければと思います。

要港のうち下の3港は、外地にあります。関東州の位置づけについては、誰が国民だかはっきりできなかった満州国の謎 関東州に簡潔にまとめられています。

1898年 ロシアが清朝から関東州を25年間の期限で租借
1905年 日露戦争後のポーツマス条約で、関東州の租借権を日本が引き継ぐ
1915年 日本と中華民国との条約で、租借期限を99年間(1997年まで)に延長
1932年 満州国成立。日満議定書により関東州は満州国から日本への租借地となる
1937年 満鉄付属地の行政権を満州国へ返還
1945年 日本の敗戦により、飛び地消滅

満州国は日本とは別の国でしたが、関東州は租借地でしたので、日本が実質的な統治権を持っていました。

馬公は、澎湖群島の都市で、澎湖県の県庁所在地。澎湖県は人口10万人、面積141平方キロメートル。5000年以上前に作られた、縄文土器に似た粗縄文陶が発掘されているそうです。