「動物の「食」に学ぶ」西田利貞(著)(女子栄養大学出版部 2001年8月)

2019年3月22日

人と果物、味覚の不思議、薬の起原、から食の現在まで 

本書の内容は『新・健康学「偏食」のすすめ』や『動物たちの自然健康法―野生の知恵に学ぶ』、『あと40年健康を保つ 自然食の効力』と重なる部分があります。
また、人類の起原についても推測されています。

霊長類は果物を食べるように進化してきていることと、体重に応じて、昆虫を主に食べる仲間と木の葉を主に食べる仲間に別れていることについては、『新・健康学「偏食」のすすめ』と共通しています。
動物たちによる薬の利用については『動物たちの自然健康法』と共通しています。
果物は動物に食べられて種子をばらまいてもらおうとしているという指摘は、『新・健康学「偏食」のすすめ』および『自然食の効力』と共通です。
また、初期人類の食べものであり、チンパンジーおよびビーリャ(ボノボ)との分離の起原となった食べものとして推測されているヤマイモが、『自然食の効力』で多くメニューに取り入れられていることは注目すべきであると思われます。私も、初期人類はイモを食べており、そのために掘り棒を利用したことがチンパンジーらからと別れる契機になったのではないかと考え始めました。 『人はなぜ立ったのか?―アイアイが教えてくれた人類の謎』で指摘されている人の親指の太さも説明できそうです。

本書独自の特徴としては、味覚の進化、肉の獲得と分配、食の現在について考察されている点があります。
私はこの本で、味覚の個人差は非常に大きいということを知りました。ちなみに欧米には「渋い」という言葉がないそうです。

特に面白いと思ったのは、タラバガニの旨さは「超正常刺激」ではないかという説です。
「超正常刺激」とはニコ・テインバーゲンによって明らかにされた現象であり、自然界に存在しないような刺激であっても、大げさな刺激のほうを魅力的に感じてしまう現象を指します。たとえば、アニメの大きすぎる目や、あり得ないほど豊かな乳房に魅力を感じてしまうのも超正常刺激です。
本来、人間が食べていなかった深海に住むタラバガニを日本人だけでなく中国人やフランス人も「おいしい」と感じることは、進化に合わせて味覚も変化していくという事実と矛盾します。これを説明するために超正常刺激の概念が持ち出されており、どこまでもおいしさを追求していく現代の食の在り方に疑問が呈されています。

ちなみに、本書と『新・健康学「偏食」のすすめ』を比較すると、本書のほうが人間独自の進化まで含めた内容になっており、実態に即した考察を行うために参考になりそうです。
本書は比較的薄い本であり、人間の食について考える上で重要な指摘が多く含まれていることもあり、一読をお勧めしたい本です。なお、新版として『新・動物の「食」に学ぶ (学術選書 37) 』が出ています。

内容の紹介

自分で狩りもして死体食もするというヒトの狩猟の特徴は、ライオンなどの肉食獣と同じだ。 – 130ページ

 

樹皮も霊長類の立派な食べ物である。樹皮といってもザラザラしている外側の死んだ部分ではない。 外樹皮もコルクとしてぶどう酒の栓にしたり、魚網の浮きにつかったり、屋根や扉として用途はあるが、食べられはしない。 食べられるのは、篩部とか形成層とかいわれている内樹皮であり、そこは樹木の生きている部分で、栄養の通路であり、時期によっては栄養が蓄えられる。 – 160ページ

 

イギリス人によって絶滅させられたタスマニア(オーストラリア南東の島)人も魚を食べ物とは考えていなかった。 – 171ページ

 

現在のヒトの主食は、果実ではない。もちろん、果実も食べるが、果実を主食にしている民族はあまりいない。 – 177ページ

 

(ヒトを類人猿から分けた、そもそもの食べ物に関する)第ニは「イモ食仮説」である。 チンパンジー族は、イモ、つまり植物の地下器官もほとんど食べない。イモは地面を掘らなければ入手できない。つまり、堀棒の使用が必須である。 じつは私は、昔からこの説を信奉している。 文明と接触を持つ前の狩猟採集民が、例外なく持っていた道具は掘棒だった。これは土を掘るだけでなく、小動物を殺したり、武器としても役立つ多目的道具であったことはまちがいない。 – 178-179ページ

 

二足歩行はアフリカの森林とサバンナの移行地帯で生まれたという可能性が高い。そこにヤムイモが多い。ヤムイモは有毒であく抜きしなければ食べられないものもあるが、多くはそのまま食べられる。 堀棒が必要だが、中央アフリカのチンパンジーがシロアリの塚を掘るのに棒を使うのだから、最初の人類が使っておかしくはない。 – 182ページ

 

そして、人類進化の第三の段階、ホモ・サピエンスの出現には、狩猟の重要性が非常に増加したのではなかろうか。 道具の著しい発展と脳の極大化は、おそらく狩猟と深い関係があるものと思う。 – 183-184ページ

 

都会人には昼食を5分ですます人もまれではない。 しかし、チンパンジーは一日の50%を採食に使う。 もちろん、都会人は、農耕牧畜はもちろん、採集、運搬、調理など、本来自分でやらなければならない仕事を他人にやってもらっているので、「採食時間」が短くなっているわけである。 – 189ページ