オーロラ 少年倶楽部附録 田中良画

オーロラ 少年倶楽部附録 田中良画
オーロラ 少年倶楽部附録 田中良画
宛名面
宛名面

田中良について(Wikipediaより)


田中 良(たなか りょう、1884年10月29日 – 1974年12月31日[1])は、日本の舞台美術家画家である。


東京府生まれ[1]
東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)卒業[1]
帝国劇場背景部に所属し、舞台の背景を手がけた。1919年(大正8年)にはヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国を視察する。帰国ののち、新歌舞伎新舞踊の舞台美術を手がけた。
1923年(大正12年)に発生した関東大震災後は、関西に移り、宝塚少女歌劇団(現・宝塚歌劇団)に入団して背景部を新設した。新聞小説雑誌の挿絵、絵本も手がけており、1928年(昭和3年)には、貴司山治の小説『人造人間』をフォトロマン『霊の審判』として朝日新聞が連載する際、阪東妻三郎らの特写スチル写真の構成を手がけ[2]、さらに同作の映画化の際には美術監督として、撮影用セットの設計等を行ったが、同映画は撮影途中で製作中止となった[3]
1974年死去[1]。満90歳没。

(少年倶楽部に描いていたという記述はありません。)

オーロラについて

「形はこのやうな扇状のものと、厚いカーテンを垂れたやうなのとあつて」とあります。

さまざまに変化するオーロラのかたちによると、オーロラのかたちはオーロラを見る位置で変わり、出現した真下から見ると天空の1点に光の筋が集中するコロナ状に見え、やや離れるとカーテンがゆらめくオーロラ、さらに遠くから見れば弧を描くオーロラになるとのことです。

販売

ヤフオク出品中:商品名:HY19/03/10-1