「かくれた次元」エドワード・T・ホール (著), 日高 敏隆 (翻訳), 佐藤 信行 (翻訳)(みすず書房 1970年10月)

2019年3月6日

アメリカの自文化中心主義の弊害を解消しようとする中で書かれ、プロセラミックス(近接対人空間学)を提唱している本だが、動物としての人間の在り方を含め、興味深い着想に富んでいる

「まえがき」にあるように、この本は特定の読者層や分野のために書かれたものではなく、答えを知りたい読者や、きちんと分類された内容を期待している読者には適していません。したがって、この書評もまた散漫なものとなります。

◇アメリカに移り住んだイギリス人は、考えごとをしながら部屋の中を歩き回っていると、話しかけてくるアメリカ人たちの常識のなさに辟易させられます。イギリスでは個室を与えられることなく育ち、邪魔をされたくないときには、微妙なサインを送ることで一人の時間を持ちます。同じような状況でアメリカ人は個室にこもって鍵をしてしまうため、イギリス人の出すサインに気づくことができません。その結果、黙って歩き回るイギリス人を見て何か不満でも抱えているのだろうかと受け取り、かえってうるさく話しかけるのです。

◇私たちの五感は、それぞれに距離感覚が異なります。触覚は触れているときに感じ、温度はごく近いとき、嗅覚はもう少し離れていてもよく、音や光は、一般により遠い距離でも伝わります(映像として間接的に伝えることもできます)。

◇人の目が遠近感を感じるのは両目による立体視に限りません(ギブスン『視覚世界の知覚』)。

◇動物学者ジョン・カルフーンがネズミを使って行った実験(「Universe 25」)については少し詳しく記されています。ネズミたちを広い場所で繁殖させ、十分な水と食料を与えた状態で、数年にわたって飼育し続けることでどのような状況が生じてくるのかを観察したものです。エサの与え方や水の与え方の違いによって、ネズミたちの作る社会に違いが生じています。また、子育てにも適さない過密な状況はストレスを高めて、病気を招きます。スラムの誕生です。

◇ネズミの集団の密度を高めながら健全な標本を維持するには、ネズミを箱に入れて互いに見えないようにし、かごを清潔にして十分な食事を与えます。こうして高層ビルや団地が生まれます。しかしカゴに入れた動物は愚鈍になりやすいのです。

◇自動車のために都市は多くの空間を差し出さなければなりません。歩行者は自動車を避けようとして行動範囲を狭めてしまいます。中心部への車の進入を許さない都市は、それだけで魅力的になります。

◇高層ビルは、15階も下の遊び場にいる子どもを見守ることができないという点で、子育てに適していません。

◇移民は、祖国から遠く離れた場所に飛び地を作ったのであって、人種のるつぼに投げ込まれ一体化したのではありません。そうした文化的背景を無視した都市計画は失敗します。

「訳者あとがき」にもあるように、本書にはいささか単純にすぎると思われる一般化が散見されますが、都市開発、住居の設計、健康管理、精神衛生、子育て、文化的差異への関心など、さまざまな立場から興味深い内容を含んでいます。

50年以上前に発行された本ですが、特に、私たちがネズミたちと同じような動物的な条件に強く影響される存在であるということを再確認するためにも、何度も読み返したい本でした。

内容の紹介

空間ノダイナミズム
第七章において、人間の空間と距離の感覚は不変のものではないということ、その感覚はルネッサンスの芸術家が発展させ、現在なお多くの美術・建築学校で教えられている線遠近法とはほとんど関係もないということ、などをみた。人間は、他の動物と同じように距離を感覚するのである。その空間の知覚は力動的である。それは受動的に眺めていて見えるものによりも、行為――これは与えられた空間ではじめておこないうるものであるが――の方により深いかかわりをもっているからである。 – 162-163ページ

この後、密接距離、個体距離、社会距離、公衆距離の説明に続きます。