黒潮の瞳とともに―八丈小島は生きていた 単行本 – 1995/12 漆原 智良 (著) 、たま出版

かつて500人を超える人々が住み2つの村があった八丈小島。
昭和30~40年代の激変期を迎えて、これまで通りの自給自足的生活を続けることができなくなり、最後まで島に残っていた120名程の島民が集団離島を決意しました。
 
本書は、東京都の公立小学校の教諭として八丈小島に赴任した浅草生まれの著者が四半世紀ぶりに島を再訪する場面から始まり、赴任当時から離島の暮らしと、離島への動きを記した本です。離島後、それまでとは異なり、現金支出の増えた暮らしに苦しんだ人々の声も収録されています。
 
八丈島のすぐそばにある簡単に行き来できる島のように見えながら、数日間渡航できないことがあったり、風土病があったりして八丈島とはまた別の世界を構成していたようです。
 
八丈小島出身の方による本も数冊出版されており、2013年5月発行の『ふるさとは無人島―八丈小島ものがたり(鈴の音童話)』という本もあります。
 
八丈小島では、電気も水道もなく、医者もおらず、ランプと雨水を頼りとする暮らしが1969年まで続いていました。陳情書に述べられた離島をやむなしとする理由が次のように記されています。
請願内容を要約すると
1、電気・水道・医療の施設がない。
2、生活水準格差の増大。
3、人口過疎の傾向が甚大である。
4、子弟の教育の隘路。
 
私は、この理由を知って、他方で南米アマゾンの幸福な狩猟採集民『ピダハン』の生き方を知ることで、人は無駄に負担ばかり増やしているのだと再確認した気がしました。

 

内容の紹介

「◇あとがきにかえて◇」より

ささやかな願い
 
  「無人島・八丈小島は息づいている」―絶海の孤島、八丈小島の岸壁に二十五年ぶりに飛び降りたとき、私のからだはいっしゅん震えました。風が光るように吹いてすぎると、足の底から島のぬくもりが伝わり、かつての島民の声が、耳の奥でさざめくのを感じとることができたからです。
  八丈小島は、昭和四十四(一九六九)年、生活にゆきづまりを感じ、全国で最初の全員移住を余儀なくされた島なのです。平成六(一九九三)年七月、無人島になって四半世紀の節目の夏に、私は小島に渡り<全員移住の問題について>、現地で考えてみたいと思ったのです。
  歴史の波は激しいいきおいで、過去のできごとを容赦なく消し去り風化させていくものです。いまや、小島は<忘れられた島>のひとつになろうとしているのです。しかし、私を含めて、かつて小島に住んでいた島民にとっては、いつまでも<忘れられない島>であり、故郷でもあるのです。
  小島の教師として赴任していた私は、小島の島民からさまざまなことをまなびました。
  島民はからだを張って大自然とぶつかり合っていました。また、子どもたちには闊達にふるまい、おおらかに接していました。そうした島民の行為から、私は、優しく助け合う心や、機微を思いやる感情などをはぐくむことができるようにもなりました。そうした島民とのふれあいの事実を、どうしても書き残しておきたかったのです。
  さらには、「島の人たちが、どうして故郷を捨てなければならなかったのか?」「心の時代だからこそ、今ひとたび島を蘇らせることが迫られているのではないだろうか?」……と、次代の人びとへの問題提起を含めてまとめあげてみたいと思いたったのです。
  したがって、文章はできるだけ平易にし、小学生からお年寄りの方にまで読んでいただき、ひとりでも多くの人に<過疎・辺地政策・離村(島)・自然破壊>などについて考えてもらいたいと、ささやかな願いを込めて、ペンを握ったのです。
  本稿がまとまったところ、(株)たま出版の瓜谷侑広社長、韮崎潤一郎専務兼編集長、はじめスタッフの皆さんが、口を揃えて「人間と自然のふれあいについて考えさせてくれる作品」といって、受け入れてくださいました。それを、ベテラン編集者豊田恵子さんがきめ細かくまとめてくださり、ここに本書が誕生したのです。八丈小島のみなさん、出版社のみなさんほんとうにありがとうございました。
 
平成八(一九九六)年一月                            漆原智良

八丈小島の風土病は、『日本の風土病』でも取り上げられています。

国中に電気が普及して、電気のない八丈小島の必需品であるランプのホヤが入手困難になっている様子や、小島で行われたお産の話、核実験の放射能を恐れながらの雨水の利用など、興味深い話題がつ
づられています。
 
目次を引用しておきます。
はじめに   3
第一章 四半世紀ぶりの無人島       13
    無人島へ      14
    ヤギの大群     18
    風化させないために    23
第二章 孤島第一歩  29
    食料の買いだめ 30
    老朽船に乗って 35
    生活を一変させる海上  40
第三章 歓迎会      45
    ここも東京都   46
    島酒をさげて   50
    長吉先生      55
第四章 教師の一日  61
    トサカ刈り     62
    クスリを手にして      66
    ぼうふらのふろ 71
第五章 定期船の来る日     79
    無線電話で注文 80
    船を待つ      85
    二時間内に返事を      88
第六章 流人の島    93
    洞窟探検      94
    極悪人は小島へ 97
    戦時中は防空壕 101
第七章 島の子のよろこび    107
    てんぐさ採り   108
    雨のふる日     114
    ちいさな島の大運動会  119
第八章 孤島の悲しみ 125
    台風の日      126
    文則重傷      132
    伝説じいちゃんの死    138
第九章 冬の荒海    145
    ラーメン二袋   146
    船が遭難      150
    二十三日ぶりの定期船  155
第十章 はまゆうの花 163
    妻と小島へ     164
    ランプ 170
    水の配給      176
第十一章 風土病との闘い    183
    マメとマス     184
    小島のバク     190
第十二章 ほほえみ  199
    学芸会 200
    長男の誕生     207
第十三章 島をすてて 215
    全員離島請願書 216
    新しい地を求めて      222
第十四章 無人島の断崖で    231
    黒潮をみつめて 232
    「また来るからね」    237
おわりに   245